愛情


大天使ミカエルは 宮殿内にある テラスへ向かって歩いている。
今日はある人と会うことになっているのだ。

ある人とは 女神アフロディテの友達 グロリアの母親である。

先日届けられた小包はグロリアの母親から 女神アフロディテ宛の誕生日プレゼントであったのだ。
小包を開封したとき 中には手作りの羽の形をした銀製のブローチ と 一通の手紙が添えられていた。

そのお礼にミカエルは グロリアの母親を宮殿のテラスへ招待したのだ。


ミカエルはこのテラスがお気に入りである。
観葉植物やバラや蘭 ミカエルの好きな花々がテラスいっぱいに 日の光を浴びてのびのびと育っている。
その花々のなかに シンプルでいて品のある テーブルと椅子が数個おいてあるのだ。
ミカエルがプライベートで天使達と会うとき 必ずこの場所を選ぶ。
自分の心が落ち着くし なにより相手に和んでもらうためだ。


女神アフロディテの友達の母親 と 言っても ミカエルは一度も対面したことがなかった。
アフロディテの友達選びは 大天使ガブリエルに任せていたうえ 対面当日公務が忙しく 同席できなかったのだ。

グロリアとは 数度顔を合わし 挨拶を交わしたことがある。
10歳とは思えないほど大人びていて そして 礼儀もしっかりしている。
聡明な子供天使だという印象が残っている。

そんなグロリアの母親に今回会うことができるのは ミカエル自身も楽しみにしていた。


ミカエルはテラスの扉を開け 花々の中を気持ちよく歩いていった。

やわらかい日の光の中 椅子に腰をかけている女性が ミカエルの姿を遠くから確認し腰を挙げて頭を下げた。

ミカエルは
「はじめまして。どうぞ 堅苦しいことはせず お座りください」と笑顔で言った。
グロリアの母親は その言葉を聞くと そっと 顔をあげた。


その瞬間 ミカエルの脳裏に7年前の夜の出来事がよみがえった。

生まれたての女神アフロディテを泣きながら抱きしめていた あの時の普通天使の主の妻であったのだ。
「そ そなたは・・・・」
思わず言葉にしてしまいそうな言葉を ミカエルはぐっと飲み込んだ。


そう あの時私は記憶を消したのだ。
主、妻、そして4歳くらいの子供の記憶を・・・・・
記憶が戻るはずがない。
私は完璧に記憶を消した。


驚いた自分に言い聞かせるようにミカエルは いつもの笑みを浮かべ
「はじめまして 私がミカエルです」
と 冷静を装って椅子にそっと腰をかけた。

主の妻はミカエルが腰をおろしてから そっと自分も椅子に腰をかけ
「お久しぶりです ミカエル様」
と 笑顔で言った。

ミカエルは驚いた表情で
「久しぶりとは?・・・」と つぶやいた。

「はい 7年ぶりでございます。あの夜 アフロディテ様をお渡しして以来です。」
と 主の妻が切り出した。


「そなた 記憶が・・・・」
ミカエルは唖然とした。


なぜ 記憶が戻っているのだ。
天界No1の私がかけた術だ。記憶が戻るはずがない。
しかし 現に主の妻は私の目の前に座っている。
そして 7年ぶりだと 言っているではないか。
私の術は 現在魔界の王として君臨している元大天使ルシファー以上だ。
それは ルシファーとの戦いの際証明されているではないか。
もしも私の術が解くことができるならば それは 神しかいないはず。

混乱するミカエルに向かって 主の妻は 「ミカエル様 私はグロリアの母 名はアンジェラと申します。驚かれているようですが
私は先日あの7年前の夜の記憶を取り戻しました。」
妻の主は 自分の名を告げ グロリアの母であることを再度明かした。


なんということだ。
よりによって アフロディテの遊び相手の母親があの夜の主の妻とは。
いや これは 私の失敗だ。
ガブリエルに選任をすべて任せてしまったのだから。
ガブリエルはアフロディテの出生の秘密を知らないのだ。
知っているのは 私だけ。
そう 私だけの秘密であったのだ。

ミカエルはテーブルに左肘を着き 自分のおでこを支えて
「アンジェラよ。 なぜ 記憶がもどってしまったのだ」と たずねた。

アンジェラは
「アフロディテ様に一度お会いしました。グロリアをアフロディテ様の遊び相手に選んでいただいた際。
そのときには 何も記憶は戻りませんでした。
しかし その日 アフロディテ様がグロリアへプレゼントしてくださりました 花の首飾り 
をグロリアがそれはそれは大事にしてドライフラワーにして部屋に飾っていたのです。
主人とグロリアには ドライフラワーに違和感を感じなかったのですが
私には 何か心に引っかかるものがございまして 毎日 毎日時間があるたびに見つめていました。
すると ある日 7年前の記憶がよみがえってきて・・・・・」
と言うと涙を流した。
ミカエルは無言で ハンカチをアンジェラへ渡した。


しばらくの間 沈黙が続いたが
「それで ご主人とグロリアの記憶は?」と ミカエルがそっと尋ねた。

アンジェラはミカエルから渡されたハンカチで流れる涙を拭いながら
「いえ 主人もグロリアも記憶はないようです。私だけなぜか記憶が戻ってしまって。
申し訳ないとは思ったのですが どうしてもアフロディテ様へ誕生日のプレゼントをと思いまして先日グロリアへ託したのです。
それと 記憶が戻ってしまったことをミカエル様にお話しなくてはいけないと思いまして。
私の記憶は アフロディテ様の成長の邪魔になるのでしょうか?
私は このことはどなたにはお話をしません。
もちろん 主人にも 娘グロリアへもお話しません。
しかし 問題があるようでしたら 再度ミカエル様の手により記憶を消していたきたく思いまして・・・」
と 言った。


母性か


女神は通常天使の間には生まれてこない。
正確に言えば アンジェラと主の子ではないのだ。
地球の 神よりイエスを託され処女受胎し出産した聖母マリアと同じことなのだ。
しかし やはりマリアもイエスをわが子として育てた。
そして 人間としての生命を終えるその瞬間まで母として愛情を一心にイエスへ注いだのだ。

今回 母親であるアンジェラだけの記憶が戻ってしまった。
たぶん 記憶を消してもこの先アンジェラの記憶が戻らない可能性は低い。
もしかしたら アフロディテが普通天使のアンジェラから生まれてきたこと自体意味があったのではないだろうか。


悩んだすえ ミカエルは
「アンジェラよ そなた 秘密は守れるか?」
と 優しげな笑顔でアンジェラへたずねた。

アンジェラは予想しなかったミカエルの言葉に驚いた顔をして
「記憶を消さないでいてくれるのですか?」と言った。

「はい。あなたがこの先秘密を守れるのであれば 記憶は消しません。
その代わり アフロディテに会っても普通にグロリアの母親として接してくださりますか?」
ミカエルはそう言うと アンジェラの手を優しく包みこんだ。

「は はい。もちろんです。」
アンジェラはミカエルの手のぬくもりを感じ 嬉しくって涙がまた流れた。



パタパタパタパタ
小さな足音がテラス内に響いた。
アフロディテが走ってきている。

ミカエルは
「アフロディテ こちらですよ」と声をかけた。

アフロディテは一生懸命 そして 嬉しそうな顔をしてミカエルのもとへ走ってきた。
胸には アンジェラから送られた 銀製の手作りブローチが輝いている。

「アフロディテ グロリアのお母上様ですよ。そなたも覚えているでしょう?」
とミカエルは優しくアフロディテを膝の上に座らせながら言った。

「うん。覚えているよ。あの これ プレゼントとっても嬉しかった。ありがとう。」
と満面の笑みでブローチを指差し アンジェラの顔をじっと見た。


「どうして 泣いているの???」
泣き顔のアンジェラを心配するように アフロディテは両手をアンジェラの頬へあてた。
頬にアフロディテの優しさが伝わってくるのがわかる。
アンジェラは 精一杯の微笑みを浮かべ
「大天使ミカエル様とお話ができたことがとても嬉しくって つい涙が」
と言ってアフロディテの両手へそっと触れた。

「よかった。 ミカエルってすごく意地悪な時あるから いじめられたのかと思った。」
と 安心した顔でアフロディテは言って ミカエルを見つめた。

「意地悪なことなど あなたにしたことは無いけど」
と アフロディテの発言にちょっと納得のいかないミカエルだったが そっと アフロディテの頬にキスをした。



アフロディテとミカエルは 宮殿の出入り口で アンジェラを見送った。
「グロリアのお母様 また 遊びにきてね」
最後にアフロディテは笑顔でアンジェラに声をかけた。

アンジェラはあふれる涙をこらえながら ミカエルの顔を見た。

「また いつでも 遊びに来てください」
ミカエルも笑顔でアンジェラへ声を掛けた。



アンジェラが行ってしまった後 アフロディテと一緒にミカエルは再度テラスへ行った。
夕日が差し込むこの景色もなかなか心が休まるものである。

「グロリアのお母様 とっても優しいね」
満足げな顔をしてアフロディテがミカエルの手をぎゅっと握った。


あなたのお母上ですよ


言いたいが言ってはいけないのだ。


ミカエルはアフロディテの手をぎゅっと握り返した。




そういえば 私の母はいるのであろうか?
私は生まれたときから この大天使専用の宮殿で暮らしていた。
私の母も同じように記憶を消されたのであろうか?
それとも 大天使のうちの誰かの子供なのだろうか?


今まで考えたことがなかったが 急に疑問が沸いてきた。

もしかして ルシファーと兄弟だったりして。


そんなことを想像しながら なぜか 笑みが自然にあふれてきた。


母親とは よいものだな









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