チョコレート


大天使達と女神アフロディテの住まう宮殿内は 最近甘い香りが漂っている。

花に囲まれた宮殿なので常に花の香りはしているのだが あきらかにそれとは違う香りが漂っている。


「これじゃな〜い」
アフロディテは 一口食べて 手を止めた。

「アフロディテ様 もう これ以上お作りできませんよ」
困った顔で 大天使ガブリエルは言った。


魔界から帰ってきてから やたらとチョコレートを欲しがるアフロディテ。
宮殿に仕える天使達が 手を尽くして作るチョコレートを食べては
「これじゃない」という。
ここ数週間 毎日繰り広げられている。

よほど魔界で食べたチョコレートがおいしかったらしく 天界で作ったチョコレートでは満足してもらえない。

というわけで 宮殿内にチョコレートの香りが漂っているのだ。


「どのようなチョコレートをお召し上がりになってきたのですか?」
ガブリエルが質問すると いつも必ず決まって
「ルシファーは地球から取り寄せてくれたの」という。


しかし 天界に住まう天使達は 地球の食べ物をめったに口にしない。
めったにというか 天使自体地球へ降りることはあまりないため 地球の食べ物を口にした天使はいないのではないのだろうか?
地球の食べ物がそれほどおいしいとは思わないし
もしかして ルシファーに何か魔法を掛けられているのでは?
とさえ思ってしまう。


「うっ また チョコレートですか?」
大天使ミカエルは もう うんざりと言った顔でアフロディテの部屋へ入ってきた。

チョコレートは嫌いではない。
しかし 宮殿内 すべてが ほんのりチョコレートの香り。
そして アフロディテが食べなかったチョコレートを毎日 食している大天使ミカエル。
かなりチョコレートに拒否反応を示し始めていた。


「そろそろ あきらめなさい」
と 今日作られた チョコレートを1つ口にして
「十分おいしいではないですか」と呆れ顔のミカエル。

「違うの これもおいしいけど 違うの」
必死で訴えるアフロディテ。
「ルシファーがくれたチョコレートはもっと もっと美味しかったの!!」
もう 半分泣きそうだ。

「泣きたいのは私たちのほうですよ・・・」ミカエルはため息をついた。


「もしかして ルシファーが何か魔法でもかけたのでしょうか?」ガブリエルは恐る恐る自分の中の疑問をミカエルに言ってみた。
「ん〜 それは ないな」
ミカエルは髪の毛をかき上げながら言った。
「ルシファーは ただ単にアフロディテに会いたかった。ただそれだけの気持ちでアフロディテを魔界に連れて行ったし
もし本当にアフロディテを魔界に引き止めておきたかったのであれば 私にアフロディテを返しはしなかっただろう。
それに・・・」
とここまで 言って 言葉をとめた。

そう それに ルシファーがアフロディテの手にキスをした瞬間 昔の姿のルシファーが見えた気がした。
魔物の姿になってしまったルシファーの 昔の姿。
それすら 見せることのできる アフロディテの力。


それにしても このチョコレートへの執着ぶりは困ったものだ。
「ミカエル。地球のチョコレートが食べたい」
我侭を言うアフロディテについに ミカエルも
「そんなに 我侭を言うのであれば ルシファーからチョコレートをもらえば良いではないですか」ときつく言ってしまった。


しまった 泣いてしまうかもしれない・・・・
しかし このまま我侭を聞いていたら こちらの身が持たない。


するとアフロディテは笑顔で椅子から立ち上がり
「そうだ。 じゃぁ ルシファーからチョコレートもらってくる」
と言って部屋から出て行ってしまった。


「・・・・・」
ミカエルとガブリエルは見つめあった。
「この天界には結界が張ってありますよね?」とガブリエル。
「あぁ〜 無理だろう・・・・と思って 言ってみたのだが・・・・」ミカエルはつぶやいて また ガブリエルをみて

「追いかけよう」と言い 急いでアフロディテの後を追った。


アフロディテは走っていた。
そうだ ミカエルったらいいこという。
ルシファーから もらえばよかったのね
アフロディテは嬉しくってしかたがなかった。

「どこにいくのでしょうか?」追いかけているガブリエルがミカエルへ尋ねると
「このまま行くと水鏡だな・・・」ミカエルはまたつぶやいた。


水鏡
アフロディテは ポールとグロリアという子供天使の友達ができるまで いつも水鏡から地球をみつめていた。
しかし 水鏡から魔界を見ることなどできない。
ミカエル自身 何度も魔界を見ようと思ったことがあった。
親友であったルシファーが心配で 何度も水鏡を覗いたが 見ることは一度たりとも出来なかった。


ようやくアフロディテは水鏡へたどり着いた。
ミカエルとガブリエルはアフロディテの様子を後ろから見つめていた。

アフロディテが水鏡に向かい
「ルシファー ルシファー アフロディテだよ」と声をかけた。

やはり 水鏡には何も映らない

「ルシファー ルシファー」アフロディテがもう一度声をかけた瞬間水鏡の水が揺らめいた。
アフロディテは嬉しそうに微笑み「ルシファー」と声をかけた。
ミカエルとガブリエルは驚いて水鏡を覗いた。

すると そこにはぼんやりと ルシファーの姿が見えるではないか。

なんということだ。
何度も私は水鏡からルシファーを呼びかけてみた でも 無理であった。
魔界の様子をみようとした でも 無理であった。
天界No1と言われている私ができなかったことを 女神アフロディテは簡単にやってのけている
どういうことだ。
ミカエルは驚きを隠せなかった。


ぼんやりと見えていたルシファーの姿は 徐々にはっきりと確認できるようになっていった。
そして 水鏡の中から
「女神アフロディテ様 お呼びですか?」
ルシファーのはっきりとした声に驚いたガブリエルは思わずアフロディテを抱きしめた。

アフロディテはガブリエルの手をのけ
「あのね チョコレートが食べたいの。ルシファーがくれたチョコレート」
と笑顔で水鏡に映ったルシファーに答えた。
「アフロディテ様 危険です。お下がりください」
ガブリエルはもう一度アフロディテを守るようなしぐさをしたが ミカエルがそれを止めた。
「大丈夫だ。ルシファーはアフロディテに危害を加えない」
ミカエルはそう言って アフロディテの横に立ち
「ルシファー 私が以前呼んでも返答はなかったのに なぜ?」と ルシファーに問いかけた。

ルシファーは不思議そうな顔をして
「ミカエルからの呼びかけ? 一度たりとも聴こえたことなどなかったぞ」と首をかしげながら言った。


そうか やはり
大天使とはいえ 所詮天使。
しかし アフロディテは女神。
現在天界に住まわれていられるが 天界 魔界を含む全宇宙にとって必要な存在なのだ。
だから こうして 普段は届かない魔界へ声も届く。
そして逆に魔界からの声も聴こえるのだ。
これが女神の力なのか。

ミカエルはふぅ〜っと息を吐き
  「ルシファー アフロディテが先日そなたから頂いたチョコレートが食べたいといってな。
なんとかならないか?」と笑顔でルシファーに話しかけた。

すると 水鏡が一瞬ゆれ光を放った空間が生まれた。
そこにはアフロディテが欲しくてしかたがなかったチョコレートの箱が現れた。
ミカエルはそっと水鏡の中に手をいれ その箱をつかんだ。
手には しっかりと チョコレートの箱が握られていた。

「ありがとう ルシファー」
アフロディテは大喜びで水鏡の中のルシファーに話かけた。
「いつでも お申し付けください。ルシファーはアフロディテ様に喜んでいただけるだけで幸せです」
と ルシファーは優しく笑い水の中へ消えていった。


「なんとも 不思議な。天界と魔界はまったく異なる空間。それをつないでしまうとは。
前回のルシファーの出現もそうでしたが 今後このようなことがないように早急に対策を打たねば」
ガブリエルは焦ってミカエルへ言ったが ミカエルは
「いや 対策を打ったとしても 無理だろう。
女神自身が望む。それを拒むことは天界といえども不可能である。
これからら先も不可能だろうから 無駄な労力を使う必要などない」と言った。
「いえ それでは 天界が魔界に侵略されてしまいます。」ガブリエルは必死でミカエルに訴えた。


ガブリエルにとってルシファーは神そして天界を裏切った者に過ぎない。
そして数年に一度発生する堕天使。その 根源となる ルシファーをいまだに許してはいない。


「お前にとって ルシファーがどういう存在かは理解している。
しかし 私の知っているルシファーは決して二度と天界や神に攻撃など仕掛けてはこない。私はそう信じている。
だから お前も信じろ。」
ミカエルはガブリエルをなだめるように言った。


ガブリエルの心配などお構いなしに アフロディテは満面の笑みでルシファーからもらったチョコレートを一口
口に入れ
「おいしい〜」とうなずいていた。


つられてミカエルも一口食べてみた。
「おぉ〜 これは 確かに美味しい。ガブリエルお前も食べてみろ」
とガブリエルの口の中にひとつチョコレートを放り込んだ。


「ん・・・・・確かに これは 美味しいですね」
先ほどまでの緊張した顔がうそのようにはれ 幸せそうにチョコレートを味わうガブリエル。


信じてみようか。
ミカエル様がおっしゃったように ルシファーを

そう思いながら もう一口チョコレートを味わうガブリエルであった。










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